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2020年の箱根駅伝出場校【監督の名前と経歴】をシード権獲得した10校の紹介

箱根駅伝

毎年年始の恒例になっている大学生の箱根駅伝が、2020年の1月2日と3日に行われます。

予選会を勝ち抜いた10校とシード校10校、関東連合1チームの21校が出場します。

毎年、新たなスター選手が誕生したり、色々なドラマがありますよね。

選手が主役なのは同然なのですが、たまには監督にもスポットライトを当てみようと思います。

何でかと言うと、箱根駅伝を家族と見てる時に、監督情報をポロッと言えばちょっとハナタカさんになるからです。

正月ぐらい少しの優越感に浸っても、良いんじゃないでしょか。

何度も見返してもらって、監督の事を覚えてハナタカさんになりましょう!

2020年箱根駅伝のシード10校の監督は誰?

昨年10位までに入賞した大学がシード校になります。

個人的には、シード権は上位5チームだけで良いんじゃないかと思います。

選手からしたらとんでもない話ですが、見る側からすると予選会から熱が入って見れるような気がします。

それでは各大学の監督名や経歴について紹介して行きます。

2019年の箱根駅伝1位は東海大学

監督:両角速(もろずみ はやし)
生年月日:1966年7月5日

珍しい苗字と名前ですよね。

速(はやし)っていう名前の通り走るのは速いみたいです。

東海大学の選手として箱根駅伝を4年連続走っています。(1年3区9位、2年3区7位、3年7位、4年9位)

大学を卒業してからも、日産やダイエーの実業に所属してオリンピックを目指してましたが、実業団が廃部になったのを機に引退。

その後、佐久長聖高校の先生になって駅伝部の監督に就任。

部員が二人しかいなかったので、自分がマラソン大会に出て学校や監督である自分をアピールして、選手をスカウトしてた凄い人です。

2011年に東海大学の監督に就任して、2019年に初めて箱根駅伝で総合優勝出来ました。

選手や練習には厳しいですが、胴上げしやすいようにとダイエットするなど、お茶目な一面も持っています。

2019年の箱根駅伝2位は青山学院大学

監督:原晋(はら すすむ)
生年月日:1967年3月8日

教え子や夫婦で一緒にテレビに出たりするなど、日本一有名な監督ではないでしょうか。

高校時代は、地元広島の世羅高校に入学。

3年生にキャプテンを務めて、全国高校駅伝で総合2位に入った。

中京大学に進学し、日本インカレ(日本学生陸上競技対校選手権大会)5000mで3位入賞。

地元の中国電力に就職して、実業団駅伝に出場したりもしましたが、故障が原因で27才で引退。

その後はサラリーマンとして中国電力でバリバリ活躍。

自称「伝説の営業マン」だそうです。

母校の世羅高校関係者から紹介で、青山学院大学の監督に就任。

就任6年目で箱根駅伝出場、翌年8位に入賞してシード権を獲得。

就任12年目の2015年に、箱根駅伝の往路と復路ともに1位でゴールして、念願の初優勝を果たした。

連覇は4でストップはしたものの、監督自身の課題も見つかって、2020年は総合優勝の奪還を目指している。

2019年の箱根駅伝3位は東洋大学

監督:酒井俊幸(さかい としゆき)
生年月日:1976年5月23日

高校時代は、2年の時に区間10位入賞。

東洋大学時代は、4年でキャプテンを務めているが3回走ったが、特に目立った活躍はなかった。

コニカミノルタに入社してから、才能が開花してきて実業団駅伝で3連覇に貢献した。

酒井監督自身は、選手としては目立ってはないですが、コニカミノルタを辞めて高校の陸上部顧問についてから、監督としての手腕を発揮して行った。

箱根駅伝2年連続の優勝に導いたり、監督して素晴らしい成果を出しています。

マラソンの解説などにも呼ばれたり、活動の幅を広げている。

2019年の箱根駅伝4位は駒澤大学

監督:大八木弘明(おおやぎ ひろあき)
生年月日:1958年7月30日

中学生の頃は体重が100キロ近くあったけど、陸上部に入って猛練習を積んで、ジュニア選手権3000mで全国5位になった。

高校時代は、走り過ぎによる故障や病気に苦しめられた。

諸事情で大学には進学出来なかったので就職した。

就職してもマラソンや箱根への思いが強く、早朝や時間を見つけては練習をしていた。

働きながら駒澤大学の夜間に入学。

その頃から才能が開花してきて、念願の箱根駅伝にも3回出場出来た。(区間賞、5位、区間賞)

卒業後はヤクルトに入社して、コーチ兼選手として活躍。

その手腕を買われ駒澤大学のコーチに就任、成績を飛躍的に向上させた。

2004年に監督に就任してから総合優勝1回しているが、2度シード権を逃している。

常に2位・3位と上位争いしていたけど、最近は若干低迷していて優勝が遠い。

今年こそは総合優勝を取って欲しい。

2019年の箱根駅伝5位は帝京大学

監督:中野孝行(なかの たかゆき)
生年月日:1963年8月28日

国士館大学に進学して、箱根駅伝4年連続で走った。(8位、6位、3位、8位)

その実績もあり実業団から勧誘があったけどす全て断った。

どうしても雪印乳業に入りたくって、自分から手紙を送って入社にこぎ着けた情熱家。

2005年11月に監督に就任するも早々に12位で落選。

その悔しさをバネに2008年から12年連続で箱根駅伝に出場。

著書「自分流 駅伝・帝京大の育成力」

「 私の選手育成法が“中野マジック”と呼ばれていると聞いたが、マジック(手品)にはタネがあるものだ。タネがあるということは、偶然ではなく必然の結果。つまり、“中野マジック”にも当然根拠がある。だから、私にとっては、少しも不思議なものではない」 引用:自分流 駅伝・帝京大の育成力(本文より)

2019年の箱根駅伝6位は法政大学

監督:坪田智夫(つぼた ともお)
生年月日:1977年6月16日

法政大学時代は、関東学生連合チームの監督の徳本一善の襷を受け取り、箱根を走っていた。

箱根駅伝では、ロケットスタートで注目を集めていたけど、パフォーマンスだけでなく、連続区間賞を取るなど実力も兼ね備えていた。

卒業後は、コニカミノルタに所属して、世界陸上パリ大会男子10000mの日本代表、日本選手権男子10000m優勝した。

2010年からコニカミノルタに所属しながら、法政大学のコーチに就任。

2013年から法政大学の監督に就任するも、シード権を落とし翌年には本選への出場も逃した。

その当時は『法政は遊びながら箱根を目指せる』認識があったらしく、茶髪・ピアス・生活態度の乱れた部員達がいた。

そこの改善に着手してから、2016年にようやく本選復帰、翌年には総合8位まで上昇。

もっと上位に食い込めるチームになりつつある。

2019年の箱根駅伝7位は國學院大学

監督:前田康弘(まえだ やすひろ)
生年月日:1978年2月17日

駒澤大学でキャプテンを務めて、箱根駅伝で総合優勝。

その他には、日本大学駅伝を2年連続で優勝。

卒業後は富士通に入り、2009年に國學院大学の監督に就任。

すぐにシード権を2年連続で取るも、それ以降はシード権を逃したりなど悪い状況だった。

2019年は7年ぶりに総合7位に入って、シード権を獲得した。

チーム状況は良いみたいなので、シード権を逃さないように頑張って欲しい。

2019年の箱根駅伝8位は順天堂大学

監督:長門俊介(ながと しゅんすけ)
生年月日:1984年5月4日

1年からレギュラーに入って4年連続箱根駅伝の第9区間を走り、総合優勝も経験。

JR東日本に所属していた時に、母校の順天堂大学から声が掛かって、2011年からコーチにる。

2016年には、31才で監督に就任した。

昔は駒澤大学と「紫紺対決(紫が駒澤大学、紺が順天堂大学)」で駅伝ファンの注目はありましたが、去年11位、今年は8位と低迷中。

復活して「紫紺対決」を見せて欲しいと思います。

2019年の箱根駅伝9位は拓殖大学

監督:岡田正裕(おかだ まさひろ)
生年月日:1945年7月27日

亜細亜大学3年の時に、キャプテンとして箱根駅伝に初出場。

総合11位でシード権は逃したが、個人としては区間9位、翌年も出場して区間10位の成績を残した。

1986年からニコニコドーの監督に就任。

ソウルオリンピック女子1万メートル代表の松野明美を育てた事で有名になった。

ニコニコドーが廃部になった後、亜細亜大学の監督に就任したけど、大学側の不手際が原因で部員との関係が悪化。

なんとか立て直して、監督就任7年目で総合優勝に導いた。

亜細亜大学を勇退したから、九電工の監督に就任したけど方針の違いで1年で辞任して、拓殖大学の監督になった。

就任1年目で箱根駅伝予選会を通過させた。

本選でも拓殖大学の最高の7位入賞に導いた。

監督としての実力は申し分ないけど、行く先々で不運に巻き込まれますね。

拓殖大学の監督なって10年目の箱根駅伝は、無事シード権を維持できるのか。

2019年の箱根駅伝10位は中央学院大学

監督:川崎勇二(かわさき ゆうじ)
念生年月日:1962年7月18日

報徳学園に入学して1年生からトップクラスの選手になって、全国高校駅伝3連覇した。

スポーツ推薦で順天堂大学に入ったけど、ケガに悩まされて箱根駅伝を走ったのは1回だけ。(区間9位)

このまま実業団に入っても陸上を続けれないと思い教員に転身。

中央学院大学がコーチを探していると、恩師の沢木監督から聞き中央学院大学の常勤助手になった。

1985年にコーチに、1992年には監督就任した。

当時の中央学院大学は無名だったので、将来有望の選手をスカウトして力をつけていった。

1994年に、箱根駅伝予選会を5位になり、初めて箱根駅伝本選に出場。

その後、低迷した時期もありますが、2003年から17年連続で箱根駅伝に出場している。

シード権は5年連続

監督の方針は、箱根駅伝が全てではない。大学の4年間は通過点。

まとめ|2020年の箱根駅伝出場校【監督の名前と経歴】をシード権獲得した10校の紹介

全ての監督も学生の頃は、箱根駅伝を目指して練習に明け暮れてたんですね。

みんなに分かりやすい成績を残している人もいれば、選手としては目立ってないけど監督として手腕を発揮している人もいます。

選手としてのスキルと、監督としてのスキルは比例しないという事になりますね。

でも監督としてのスキルは、後からいくらでも学べるので、名選手=名監督はこれからたくさん表れるかもしれません。

一人一人の過去に触れるとドラマがあって面白いし、自分の人生にも取り入れて活かせる物もありましたね。